「温故創新」240208 N1389伊波喜一

幸せの基準 誰が決められる 足るを知るか 心に財 

 短く刈った楓の細い枝の先に、蕾が顔を覗かせている。元気そうだ。

 下の娘に薦められて、ヴィム・ヴェンダース監督の「パーフェクト・デイズ」を観に行った。東京で働くトイレ清掃員「平山」の日常を描きながら、彼を取り巻く人間関係の濃淡と陰影を、丁寧に描いている。一見変わり映えのしない情景の中に、日本の風景や日本人の特性がさり気なく描かれている作品である。

 平山がお昼休みを取る神社の大木から、木漏れ日が覗く。その日の平山の心象が、木漏れ日とオーバーラップする。

 平山は裕福な家に生まれ育つが、父親との葛藤でドロップアウトする。その姿を見た妹は、「こんなところに住んで、本当にトイレ掃除をしているのね」と、憐れみを隠さない。だが、平山は元の世界には戻らない。富とも名誉とも無縁の世界で、生きていく。

 財には3種類あると言われる。財は価値と置き換えられる。蔵の財(財産)、身の財(健康)、心の財(負けない心)である。平山には蔵の財はない。身と心の財があるだけである。その身もいつまでもあるものではない。いつかは朽ちてゆく。最後に残るのは心だけだ。

 平山は決して強い人間ではない。自らの生を、倦まず弛まず生きている。(これこそが満足な人生なんだ)と、自らに言い聞かせるように生きている。この弱さの中にしなやかさを秘めた心のあり方こそ、弱さに負けない強さであると感じた。 地味だが心に残る作品である。