「温故創新」240209 N1390伊波喜一

音楽の神 天国へ 召されんと 世界を一つ 調べ奏でて 

 ブルーベリーの枝が風に揺れて、春の水先案内をしているようだ。

 6日、心不全小澤征爾さんが亡くなった。享年88歳。

 小澤は旧満州奉天(現瀋陽)に生まれ、日本で育った。成城学園で指揮者の斎藤英雄に学んだ。59年、若手指揮者の登竜門であるブザンソン国際指揮者コンクールで1位となった。60年、カラヤン指揮者コンクールで優勝し、カラヤンミュンシュに師事した。

 61年、バーンスタインに、ニューヨークフィルハーモニックの副指揮者に招かれた。73年、ボストン交響楽団音楽監督に就任する。その合間をぬうようにして、労使紛争で揺れた日フィルから新日フィルを結成し、育て上げた。

 筆者もその頃、演奏会に幾度か足を運んだが、小澤の背中から情熱の塊が噴き出してくるような迫力だった。一流の演奏をするんだという気迫が、びんびん伝わってきた。あの狭い式台の上で汗を流しながら指揮をする小澤の姿が、想い出される。凄い目力で、小澤の凝縮されたエネルギーが、演奏家の力を引き出したのだ。

 84年「サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)」を結成し、師の斎藤秀雄の指揮法を国内外に宣揚する。子弟の原点に常に立ち戻り、師を求めぬく小澤の姿に、「師弟不二」の姿が浮かび上がる。

 ついつい小澤の経歴やネームバリューに目がいきがちだが、この原点があるからこそ、数知れぬハンデを乗り越えてこれたに違いない。