「温故創新」220927 N1116 伊波喜一

曖昧な 空気に流れ 国葬を 議論尽くさぬ 政府に警鐘            

 9月も終わりに近づいてきている。朝晩は空気が乾いていて、肌寒い。日中は蒸して、半袖でも暑いぐらいである。

 安倍晋三元総理大臣の国葬が、日本武道館で行われた。安倍元総理の国葬については、賛否両論あった。賛成の声は自民党関係者から先ず起こった。長きにわたる政権運営の点からも国威発揚の点からも、称賛に十分値するとの評価である。

 逆に反対の声は、国葬閣議決定されたのみで、国会の審議を経ていないというものだ。 狙撃されて非業の死を遂げたのだから、安倍元総理の死が強烈に印象付けられたのは仕方のない事だ。

 官邸は当初、民主主義に対するテロの脅威と位置づけていた。しかし、事実が次々と出てきて、安倍氏と旧統一教会との濃密な関係が明るみに出た。その事実が、自民党全体に深く広く浸透していた。反社会的団体との関係を糺さず、クサいものに蓋をする。

 そのような事実があるにもかかわらず、安倍元総理がはたして国葬に値するかと言えば、疑問符が付くのも無理はない。

 本来ならば、このことを英国のように議会で論を闘わせなくてはならない。元来、空気に流されやすい日本人だからこそ、あえてその事を明確にしておく必要があった。

 死者にムチ打たない慣習の日本で、今回、国葬反対派が異を唱えたことは、結果的に道を誤らないことに通じると感じている。

「温故創新」220926 N1115 伊波喜一

農業の 行く末見つめ 手を打たん 食の行く末 国の未来へ            

 台風15号が一気に北上して、太平洋に抜けた。この時期に2度も続けて、南西諸島から駆け上がってきた。収穫前のイネや果物は、相当な被害を受けている。

 農漁業を始めとする第一次産業は、食の源となる。ロシアが原油やガス、小麦などの原材料で、欧州を兵糧攻めしている。特に食物は、人の生死に直結する。それだけに、原材料を生み出せなければ、喉元を抑えられたに等しい。

 ただ、これだけ天候に左右される仕事もない。1年間、丹精込めて育てた作物が、たった1つの台風で失われてしまう。こんな、割に合わない仕事はない。

 営為努力をするのは、農業に限らない。しかし農漁業は、天候やその他のリスクが大きすぎる。少なくとも、収穫時に被害を受けた場合のリスクヘッジを、補償しなくてはならない。

 例えば、イチゴなどを従来のビニールハウスではなく、大風にもびくともしないハウスで栽培するなどは、初期投資費用がかかる。これには、補助金などが必要となる。

 ただし、一度作れば年数に耐えられるし、確実に収穫できる。同様に、水害に耐えられる稲の品種改良など、研究投資も必要となる。

 今後、日本は先行投資と保護を無駄なく持続しながら、食料自給を協力に押し進めていかなくてはならない。

「温故創新」220921 N1114 伊波喜一

国葬の 基準曖昧 混乱を 国の大綱 決めて守らん          

 外気温が一気に下がっている。今朝は長袖でも肌寒いぐらいだ。上着を着たが、ちょうど良い。

 安倍元総理の「国葬」をめぐって、世論が割れている。若い世代では賛成が6割を占めるが、60代以降のシニア世代では反対が6割を占める。戦後、国葬になったのは元総理の吉田茂氏だった。日本の独立に貢献し、占領国の統治を脱した。今振り返ると必然の道のりであるが、当時は夢にだにもしなかった。その先鞭をつけた功績による。

 今回の英国のエリザベス女王国葬は、君主以外は議会の承認が必要と明確に規定している。過去には、ニュートンチャーチル元首相の例がある。彼等の功績に対して、国民に納得させられるだけの功績を議会は示した。

 今回の安倍元総理の国葬は、その根拠が曖昧である。経済や外交成果の是非はさておいても、もりかけ疑惑や旧統一教会との癒着などは、不透明感が濃厚である。一般常識からみても、認めがたい。ましてや、その行為は決して称賛されるものではない。

 国葬に値する人物はその功績と人柄は元より、誰もが共感を寄せる人物であることが求められる。その資質の一つに、無私の心があるのは必然とも言えよう。

 曖昧さを基盤とした実行ではなく、明確な基準を設けていくことが何よりも求められよう。

「温故創新」220920 N1113 伊波喜一

英女王 統治の長き 70年 沿道の人 数十万か          

 台風14号は大風・大雨をもたらして、今朝太平洋側へと抜けていった。それにしても、自然の猛威の前には、為すすべもない。とにかく、災害を避けることが最優先である。

 エリザベス女王国葬が、19日ロンドンのウェストミンスター寺院で行われた。英君主としての在位70年、国民とともに歩んだ悲喜こもごもの歩みは、国民の心に様々な記憶を残している。

 出席者2000人の内、外国の要人は500人ほどにのぼる。天皇皇后陛下も参列した。

 沿道に並ぶ一般市民は、12時間、24時間前から並んでいた。思い思いのプラカードを掲げたり、沿道に並ぶ市民に紅茶をふるまったりと、日本流の葬列らしくない自然体が英国らしくて良い。

 ロンドンオリンピックで007の1コマを演出して開会式に臨んだりと、女王の気さくな人柄も人気の一因であったろう。

 しかしそれ以上に、国難に立ち向かい、国民とともに不況の波を乗り越えてきたその振る舞いに、一般大衆は心を開いたのだ。

 「生涯、国民とともに歩む」と宣言した通り、女王は信念を貫いた。時には重責の重さに、投げ出したくなる時もあったかも知れない。だが、最期まで責務を果たした。

 その国民第一の姿勢を貫いた指導者を、英国は失った。英国の本当の試練は、これからであることを痛感する。

「温故創新」220918 N1112 伊波喜一

大切な 子等のいのち 守り抜き 愛おしいかな 未来へ生きよ          

 台風14号が鹿児島に上陸し、北上中である。風雨ともに過去に例がないぐらいの大型台風ということで、気象庁は備えを万全にするよう呼びかけている。

 夜回り先生水谷修さんの「もうすぐ死に逝く私から いまを生きる君たちへ」を読む。その中に、養護学校(現在の特別支援学校)高等部で働いていた時のことを書いた一節がある。

 水谷さんは当初、大便を漏らしたおむつを取り換えたりすることが、嫌でたまらなかった。それが変わったのは、ある出来事をきっかけに、子ども達が頼るのは自分しかいないということを自覚した時からだった。その時の心境を「こんな私をもとめてくれている子どもが、こんなにもいる」と、表わしている。

 『みんな違って、みんないい。障害も個性の一つであり、お互いが助け合い、共生していく中で学び合い、幸せを分かち合う』。

 『すべての人間には幸せになる権利がある。と同時に、すべての人間にはみんなを幸せにする義務がある』。

 誰もが最初はそう思う。だが、生涯にわたってそれを貫くのは、至難である。本気でそのことを念じ続けない限り、貫き通せるものではない。水谷さんの根底にあるものは、子どもが自らの人生を全う出来るよう、それを阻む社会悪とは徹底して闘うという意志である。 

 一貫して芯がぶれていない。だからこそ、長生きしてほしい。

「温故創新」220916 N1111 伊波喜一

落下した 実から生える 実生木 活かしてこその 共生社会          

 庭のサクランボの枯れ葉が、少しずつ落ち始めている。水分を使い切って、カサカサになっている。幹に来春の栄養を運んで、自らの役目を終えている。その落葉もまた、土にかえる。自然の理には無駄がない。

 自然に落ちた実から生えた木を、実生木(みしょうぼく)という。実生木は邪魔になると考えられているため、刈り取られることが多い。

 しかし、自然に生えてくるには、環境と環境に対応できる適性が無くてはならない。それらの偶然とも思えることが重なった結果、必然としての実生木が育つ。それだけ、実生木は姿かたちは不揃いであっても、生命力をたたえている木であるということだ。

 グローバル化の波は凄まじい。全てを一律にして、呑み込む。野菜でも果物でも、規格外のものは価値が無いものとして排除される。当然、実生木などの規格外は捨て去られる。

 例えば、日本家屋の梁などを見ても分かるように、曲がった梁を上手に組み合わせて使っている。曲がりがあることで強度が増し、重厚な屋根の重みを分散できる。木に癖があるからこそ、要所要所に活かせる。一方、グローバリゼーションの波は、個性の意味合いを隅に追いやり、画一化の網を被せた。だが、その綻びが噴出している。

 効率化や画一化一辺倒の価値観をいかに変えていくか、発想の転換が求められている。

「温故創新」220915 N1110 伊波喜一

健康は 個人の努力 だけでなく 地域の眼(まなこ)で 育まんかな         

 ウクライナ危機で、原料が値上がりしている。建築資材も言うに及ばずである。

 SDGsの考えが浸透してきていることも、あるのだろう。建築業界でも、住人の健康に気をつけるようになってきている。

 60年代などは、肺がん性物質であるアスベストなどを見境なく使っていた。コストと機能を重視するあまり、密閉した空間を大量生産してきた。部屋と部屋を区切り、個室を多くした。

 世界保健機関(WHO)は冬季に、18度以上の室温をガイドラインにした。日本も2025年から、省エネ基準を満たすことが義務付けられる予定だ。

 人の集合単位は、500人が限界であると言われる。家族の単位は10人前後であろうか。筆者の小さい時には、叔母も含めて8名が生活していた。畳み間が基本であり、いざとなれば障子を外して広く使える。冠婚葬祭は元より、お盆や正月など来客が多い時にも重宝した。

 今、いろんな人が一緒にいるということが、人間が生活するスタンダードになってきている。心の豊かさに目を向けた生活を、社会は志向している。断絶や孤独は健康を損なう。このことを解決するには、個人の努力だけではいかんともしがたい。

 地域で網の目を張っていく努力と組織力の構築が、求められているのではなかろうか。