「温故創新」240618 N1452伊波喜一

変えてゆく ケアと仕事の 充実を 当たり前との 常識疑い          

 親戚の法事で、島尻まで足を延ばした。その帰りに、アップルバナナの株を分けてもらった。このバナナは、通常のバナナに比べて実が締まっている。そして甘い。その分、値段も高い。早速、自宅の庭の水捌けの良いところに移植した。うまく根づくことを祈っている。

 世の中便利になったのはいいが、どこも人手不足である。宅配やコンビニ、会社や公共の仕事でも、その状況は変わらない。

 大量生産されたものを大量サービスするわけなので、当然のことながら人手がかかる。自分自身のことだけでも大変なのに、関わる数が多ければ多くなるほどその大変さを増す。

 これが自己完結型の自立した人ばかりであれば、それでも何とかやってゆけるかも知れない。しかし、私達の社会は、自立した人ばかりで成り立っているわけではない。

 中には、ケアを受ける人も当然いる。赤ちゃん然り、高齢期の介助然りである。今は元気でも、いつ障害を負うかは誰にも分からない。だから、自立とケアは半々の割合と考えても良いだろう。

 日本はこれまで、全力疾走することを前提とした働き方を進めてきた。しかし、それでは何かイレギュラーなことが起きた時に、ゴムが伸びきった状態になり、うまく対応することが出来ない。

働き方改革」を議論する前段階として、「働かない改革」の中身を練ってみる必要があるのではないだろうか。

「温故創新」240616 N1451伊波喜一

改革の 旗印立て 突き進む 利権と便宜 政治にカネが          

 沖縄県議選投票が午後8時に終わった。何十年ぶりとも言われる豪雨と強風の中、政策を訴え続けた候補者とそれを支えた支持者の努力に、頭が下がる。未来志向の候補者に、エールが届きますように。

 通常国会の会期も残り1週間。政治資金規正法改正案の審議が、大詰めを迎えている。パーティー券購入者の公開基準額をめぐっては、自民党が20万円超から10万円超にこだわった。それだけ、パーティー収入減への不安があるからだ。

 とかく日本は、政治に金がかかり過ぎる。冠婚葬祭は元より支援者への挨拶めぐりなど、日常的に顔出しが求められる。支持するものとしては、自身の所属する団体などに議員が顔出ししてくれれば、応援のし甲斐があるし顔も立つ。

 だから、支持者からの要望があれば、候補者は無理してでも駆けつける。その誠意と熱意と足マメさが選挙の際の強力な応援団となることを、候補者は身に沁みて感じているからだ。

 しかし本来、政治家が志すのは理想に向かって、一歩でも現実を変えていくことである。一庶民の声を吸い上げ、それを政策に生かすのが仕事である。現実を吸い上げるのは大切だが、全てを同時並行して実現することは出来ない。そこで優先順位を決め、果断に進めていかなくてはならない。支持者はそれを是としていかなくてはならない。

 特定の個人や団体の利益を追求しない政治こそ、王道であろう。

「温故創新」240615 N1450伊波喜一

物事を 始める前に 実態を 条件整備 共同参画         

 湿度は高いものの、予想に反して午後8時まで天気が持った。県議選最終日、各候補が遊説を終えるとほぼ同時に、雷雨が轟いた。

 政府は14日、2024年版男女共同参画白書を決定した。それによると生理のある女性の82%が、頭痛や腹痛といった体調不良で仕事に支障があると答えている。

 また更年期障がいの症状がある女性も、88%が支障があると答えている。白書は女性が仕事を継続するには、育児との両立支援に加え、健康への理解や支援が必要であると回答している。

 これまで男性社会のやり方で進んできた社会は、女性の身体に起きているこのようなことを理解せず、驀進してきた。

 ところが、これらの出来事は女性にとって、日常で起こる当然のことである。男性にとって、そのような経験は皆無である。だから、仕事の前提となる身体の状態には、目を向けることさえなかった。

 女性の社会進出のためには、出産・育児だけでも大変な負荷がかかる。肉体的にも精神的にも、我が身を痛めつける。加えて、生理や更年期などの症状も強く出やすい。

 男女が共同して参画していこうという時代の流れは、良いことである。その一方で、男女差や男女の負担比について、より実証的な裏づけが求められる。一律な仕事配分や効率重視は、共同参画の趣旨を損なうものであることを肝に銘じたい。

「温故創新」240614 N1449伊波喜一

目立たなく 気づかぬうちに 悲鳴上げ 地味な裏方 腎臓守れ        

 沖縄のダム貯水率が、遂に100%を超えた。大風に大雨続きで、雷も低い位置に多発している。花壇からも水が溢れ出している。

 腎臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ、初期には自覚症状がない。日本では、成人の約8人に1人が慢性腎臓病を患っていると言われている。気づかないうちに腎機能が低下し、透析に至るケースがある。

 腎臓は血液をろ過して尿を作るだけでなく、体内の水分量や体液が一定になるようコントーロールしている。体液に含まれるナトリウムやカリウムなどの成分、体液の酸とアルカリのバランスも調整している。また、酸素なども各器官に過不足なく供給している。

 腎臓でろ過される血液の量は、健常な人で1日当たり150㍑で、これはドラム缶1本分に相当する。全身を巡る血液の量は5㍑程度なので、一日に何度も腎臓に流れ込み、ろ過されていることになる。

 この腎臓を守るには、塩分を控え、歩いて汗を流し、適度に陽を浴びることが欠かせない。この自利と併せて、回りとかかわっていく利他の行為が、健康増進の特効薬となることが分かっている。

 ストレスフルな現代において、相手へ目を向け、同苦する行為は、脳内にオキシトンを分泌させる。この幸せホルモンが自身の心の持ちように好影響を与え、生命力を湧きい出させる。結果として、ストレスも軽減していく。

 利他の行為が自他共を健康にしていくのは、本当に素晴らしい。

「温故創新」240612 N1448伊波喜一

風前の オスロ合意 守りなん 2国家解決 暫定自治を      

 一日中、雷鳴が轟いている。これだけ頻繁に、そして広範囲に雷が鳴るのは一体どうしたものか。落雷には十分気をつけてゆきたい。  

 1948年にイスラエルが建国宣言して以来、多くのパレスチナ人が居住地を奪われた。その結果、ヨルダン川西岸やガザ地区などに難民となって逃れてきた。

 93年9月、双方の共存を目指し「暫定自治原則宣言」を、オスロで合意した。ところが、そのガザ地区ハマスが実効支配し、イスラエルに奇襲攻撃を仕掛けた。

 イスラエルは報復と称して、ガザ地区への攻撃を繰り返している。現在、3万7千人の死亡が確認されている。その中には、老人もいれば子どもや赤ちゃんも多数いる。そしてガザ地区の住宅や病院、学校の瓦礫の下には、1万人以上の遺体が埋まっていると見られる。これを虐殺と呼ばずして、何と呼ぶのか。

 イスラエルハマスも、戦闘の矛を収める気など全くない。パレスチナ人の犠牲など、歯牙にもかけていない。それを、2国家解決といって放置しても、解決するはずがない。

 日本を含むG7は2国家解決を口実にし、パレスチナを国家承認していない。ガザに生きているパレスチナ人の命を奪う権利が、イスラエルハマスにあるわけがない。このような大量虐殺を許している現状に、憤りを感じている。

「温故創新」240611 N1447伊波喜一

大雨に 何訴える 候補者の 民の暮らしを 感じる人へ      

 縁側を叩く雨の音が、昨晩から続いている。今朝はその音がさらに強く、傘にごうごうと雨粒が当たる。県議会議員選挙も今週が天王山。庶民の暮らしに同苦する政治家を選ぶべく、実績を検討してゆきたい。

 「いい仕事は、必ず誰かが見ていてくれる」と語ったのは、プロ野球界の名将野村克也氏だ。テスト生で入団し、努力の末に捕手のポジションを守り抜いただけに、言葉に重みと生活実感がある。

 私達の日常生活も、華やかなことばかりではない。むしろ、地味で注目を浴びず、称賛されることが極めて少ない。 

 SNSではインスタ映えし、フォロワーが増えることが、自己肯定感を高めることのように言われている。しかし、その華やかな生活を支えているものは、地道で平凡な日常の繰り返しである。この繰り返しが足腰を鍛え、何があってもブレない生き方の核を築く。

 県議選はこれからが天王山である。今日からの押し出しが、候補の当落を左右する。本来、政治は地味で地道な歩みの積み重ねである。だが往々にして派手なパフォーマンスに、人は惹きつけられる。過激で攻撃的な言動に、人は耳目をそばだてる。

 かたや現実は、善か悪かの二元論で単純化できるほど簡単なものではない。だからこそ複雑な現状に妥協せず、調整していく勇気と粘りこそ、政治家に求められる資質である。

 その意味でも、人柄と実績を備えた公明候補に大いに期待している。

「温故創新」240610 N1446伊波喜一

踊らされ 生産せずに 使うだけ マクロ消費 ミクロ循環      

 梅雨の晴れ間に、薄日が射している。オレンジに黒の混じった蝶が、枝の間を飛んでいる。雨の日は、一体どこに潜んでいるのだろうか。

 「サーキュラー・エコノミー」は、SDGsの先を見据えた言葉である。「廃棄を前提としない経済モデル」と訳す。

 大量生産・大量消費を前提としたモノ作りでは、コストを抑えることが何よりも優先される。そのため、製品には長期間の仕様に耐えられるほどの品質が備わっておらず、資源として再利用されることもない。結果、大量廃棄される。

 この状況は、私達の身の回りを覆い尽くしている現状である。それを自然の素材を多く使って、再利用するのがサーキュラー・エコノミーである。

 拙宅のリノベーションもまさにそれで、改修工事は手間とコストがかかる。しかし、現今の「スクラップアンドビルト」では、活かせる材料も全て壊さなければならくなる。木材や紙の素材は捨て去られる。 

 またサーキュラー・エコノミーは、サービスにも応用することが出来る。サブスクリプションのように商品を購入せずリースするやり方は、資源やエネルギーの大幅な節約となり、廃棄物の削減となる。生産する側にとっても、大幅なコストダウンとなることは間違いない。

 大量生産・大量消費、低コストに慣れ切った私達の発想を変えていく絶好の機会が、今、到来しているように感じる。