「温故創新」200807 N503 伊波喜一

生活も 学びも全て 一人では 出来ないことに コロナ気づかせ    

 猛暑が続いている。熊谷では36℃を記録。都でも34℃まで上がっている。

 アスファルトの輻射熱は、40℃を軽く超える。この中でマスクをして歩くのだから、熱中症が現実味を帯びてくる。 

 コロナ禍で、自宅に引きこもる生活が続いている。知人の一人は、未だバスにも電車にも乗らず、遠出することもない。

 基礎疾患を持っている別の友人は、訪問客どころか宅配便の受け取りも直接には行っていない。斯様に、人には様々な事情がある。 

 先日、久方ぶりに高校時代の友人と会った。

 筆者達世代は親の介護は言うに及ばず、看取りが間近に迫っている。 

そして、還暦を過ぎると交友関係はそうそう広がるものではない。

 相談しようにも、その相手は極端に限らている。特に人の生き死にに関わる事は、相談相手を見つけるのに苦労する。 

 人間社会の特徴は、開かれた社会であることだ。見知らぬものを受け入れると同時に、自らも新参者となり、受け入れられてゆく。

 その能力をヒトは会食やレクリエーション、スポーツ、冠婚葬祭などを含む共同作業を通して身につけてきた。 

 コロナ禍では、これらの営みが霞んでしまった。それどころか、忘れ去られようとしている。

 このような生き方が未来に禍根を残さぬか、案じられる。