「温故創新」200415 N412 伊波喜一

分かち合う エゴイズムから 転換す 一人勝ちから 分協するか   

ごみの有料化もすっかり定着した感がある。回収の仕方は、行政によって若干の違いがあるが、回収量を制限したり粗大ごみを有料化するのは致し方ない事だと思う。 さて、ここのところコロナの影響か、家の片づけに精を出す家庭が増えている。 実際に仕分けしてみると、プラごみの多さに驚く。軽くて丈夫で加工しやすいプラスチックは、重宝する。しかし、ごみとなって海中に流れ出ると、分解されずに海水を汚染する。回収を徹底しないと、さらに深刻なプラ汚染となる。

これまでは生産者も消費者も、いわゆる巨大ユーザーとして屹立していた。大量生産・大量消費で世界中の資源を食い散らかし、かすを垂れ流していた。 コロナウイルスはその生産・消費サイクルに待ったをかけた。インバウンドやアウトバウンドなど人の移動についても、同様に待ったをかけた。これまでの物や人、金や時間を生産し消費することが主流となっていた社会のあり方に、コロナが物言いをつけた格好だ。 SDGsの取り組みが現実味を帯びてきている。自国や家庭の状況に応じて、足るを知り・分かち合う。一強主義から分協主義(造語)への転換こそ、持続可能な社会への入り口ではないだろうか。