「温故創新」210923 N888 伊波喜一

鈴虫の 鳴く声通る 暗がりに 秋の訪れ すでに始まり       

 雲がかかってはいたが、中秋の名月はやはり美しい。

 日本では月にまつわる話が多い。古くは竹取のように、哀愁を帯びた物語も多い。人にとって月は、自身を照らす対象である。

 太陽では光が強烈過ぎて、自身を映すことが出来ない。その点、月は内奥を吐露できる格好の存在なのだろう。

 住みづらく生きづらい社会である。昭和世代のように、無駄や無理が通る世の中ではない。

 生まれた時から合理と無情に慣らされ、自己責任を刷り込まれた世代。派遣や期限付きで仕事をしてくれば、人や集団との関係は築きにくい。確固とした関係を築けなければ、住んでいる地域社会とのネットワークづくりはさらに難しい。

 その隙間に入り込んでくるのが、ネットや甘い誘惑である。薬物依存は静かに、浸透していく。

 先頃、神奈川で未成年者を含む暴走族が検挙された。行き場のない彼等の愚痴を聞き、心を癒すのは一体誰なのか。それは仲間である。 

 稼ぎが悪く、社会との繋がりも持てない。その受け皿となるのが同じ仲間であるとしたら、先は見えてくる。薬物に手を染めかねない状況が、いつも身近にある。それを断つのは、容易ではない。

 だからこそセーフティネットを、早急に築きたい。弱者の声に耳を傾ける社会を、急いで築く必要があるのだ。