「温故創新」200721 N489 伊波喜一

つながって 生きていくこと 本能の 成せる業かと 言葉生まれて   

 スパコン「富岳」の活用が本格化しそうである。知能の一部を特化させた機能がコンピューターだとすると、随分と脳容量が広い。

 現代人の脳容量は1200ccだが、かつては1800ccもあった。ナゼ、脳容量が減ったのか。 

 脳は使わないと退化すると言われる。これは使わない部分が間引かれることを指している。

 よく、ボケ防止に指先を使うと良いと言うのは、具体的な作業が多いからだ。例えば、料理は献立を考え、食材を揃え、手順に従って作っていく。どれが欠けても順番が狂っても、上手く仕上がらない。その間、脳は常に活性化している。 

 これを言葉で抽象化することが出来るようになると、脳にとっては省エネになる。

 それまでは実際の行為や現物が担保となっていたことが、言葉や映像・音楽、さらにはデジタル化されて超軽量化される。それが脳の軽量化につながったと考えられる。 

 脳には、知識と感情を司る機能がある。軽量化されたことで、脳が実際の感覚から遠ざかっていってしまっているとしたら、どうだろう。

 もし、心に響く・届くものが少なくなっているとしたら、それは言葉の奥にある脳の働きが極めて弱くなっている現われだとは、考えられないだろうか。