「温故創新」210531 N773 伊波喜一

コロナ下で 白か黒かの 選択を 迫る生き方 変える時かと         

 姫沙羅の木が白い花をつけている。小ぶりな花弁が愛らしい。花を咲かせるまでに十分な時間をかけ、惜しげもなく花を散らす。たった一日で散るのが勿体ない。

 きっと、花には花の事情があるのだろう。 

 答えの出ない事態に備える「ネガティブ・ケイパビリティ」は、仏法の「即」の概念と似ている。

 例えば「煩悩即菩提」と言うと、煩悩(失敗・悩み・苦しみ・此岸・地獄etc)と菩提(成功・悟り・楽しみ・彼岸・天国etc)は別々の世界にあるように考えがちだ。

 だが往々にして、失敗の中に飛躍への因が籠められている場合がある。また悟りの中に、慢心や油断から敗因を作ることだってある。

 現実世界は、あれかこれかの2択や、白か黒かの2項対立で捉えられるものばりではない。曖昧とした境界線ではあるが、現場の知恵として生き残ってきたものが「即」である。 

 現代は特に、アレかコレかで区分けをしがちだ。確かに対立項目で当てはめるのは、マニュアル通りに進めればよいので簡単である。

 だが生きていくのは、善悪の2分法だけで区切れるものではない。 

 現実の海の中で格闘しながら、希望を失わない。両サイドに軸足を立てながら、上手くバランスを取って生きる知恵こそ大事であろう。

 その知恵の本質が「即」にこめられているようだ。