「温故創新」210908 N873 伊波喜一

虚心なく 全てを描き 北斎の 版画版本 庶民に普及     

 雨でこげ茶色に塗りつぶされた畑が、寒々として見える。見渡すと、オクラが元気に生っている。そろそろ、根菜が美味しくなる季節である。鍋物が恋しい。

 北斎に関する展覧会が盛況である。葛飾北斎は江戸後期(1760~1849)に生まれた。長命で引越しやの異名を持つ北斎は、「富嶽百景」で見せた富士の多様性と多面性で知られている。

 富士を遠景にして登場する人物は、早駆けする武士から天秤棒を担いで量り売りする町人、赤ん坊をおぶって野良仕事に精出す女まで、多種多様である。

 富士を土台にしているものの、どうも富士だけが主役ではない。脇役として描かれているはずの人や動植物までもが、生き生きと何かを語りそうな気配である。

 生きとし生けるものに生を吹き込む北斎の図柄は、明治期から今日まで続く西洋流の学問体系と一線を画している。

 仏法では自然や環境と人間とは、一体であると捉える。両者は相互不二であり、関係性が強い。どちらが主体かではなく、どちらも主体であるとする考えだ。

 北斎の視点は、生きとし生けるものに向けられている。西洋思想の限界が露呈した閉塞感の強い現代だからこそ、全ての存在に意味あいを持たせた北斎の目線が優しい。