「温故創新」191031 N344 伊波喜一

燃え盛り 燃え落ちる城 哀れなる 史実の重み 復興願う

 首里城が燃え落ちた。午前2時34分頃、玉座のあった正殿から

出火、北殿、南殿、番所が全焼した。延べ4200㎡を焼き、11時間後に鎮火した。正殿内には絵画や漆器、書跡、染折など、沖縄の歴史を綴る文化財が納められていた。出火の原因は現段階では不明。

 正殿内にはスプリンクラーが設置されていなかったため、初期消火が間に合わなかった。日本の文化財のほとんどが木造であるように、首里城も木材で出来ているため、火の周りが早かった。加えて、漆塗りのため消火用水を漆がはじき、鎮火しづらかった。首里城火災で焼け落ちた7つの復元建造物は重要文化財ではなかった。そのため、消火設備の設置が義務づけられていなかった。劇場やホテルとも違うため、消防法の規制からも外れていた。正殿そばに設置されている3基の放水銃は火災の熱で近づけず、正殿の軒下から出るドレンチャーも建物内部の消火には功を奏しなかった。今後、史実に忠実に復元することが求められる一方、燃えにくい素材や防火法の見直しなど、人類の遺産として残し続けさせる知恵と工夫が求められる。歴史の史実を伝える首里城の一日も早い復興を応援したい。