「温故創新」230729 N1242 伊波喜一

ちょっとした 腹ごしらえで おさまりて ムシヤシナイに 人心地つき    

 東京が暑いと思っていたら、アリゾナでは気温48℃、アスファルトやコンクリートが82℃にもなったという。これでは、ほんの一瞬触れただけで、やけどを負う。想像を超えた暑さが、広がっている。

 高田郁さんの作品に「ムシヤシナイ(虫養い)」がある。空腹で仕方のない時に、ちょっとした腹ごしらえをすることをいう。

 この作品の舞台は大阪の立ち食い蕎麦屋で、そこに立ち寄る老若の人生の一端が垣間見られる。東京に住む孫の弘晃は受験勉強に頓挫し、大阪で立ち食い蕎麦を切り盛りしている祖父の路男のところへ、一時避難してくる。この立ち食い蕎麦を、弘晃は下に見ている。

「立ち食い蕎麦屋はちゃんとした食堂ではないので、虚しくないか」と祖父に問う。

 これに対して路男は「ゆっくり食事をする時間がない人やご馳走を食べられない人にとって、取り合えず駅蕎麦で虫養いして力を補う。それが大事だと思う。ちゃんとした食堂ばかりなら、世の中、窮屈で味気ないと思う」と答える。

 人は環境の生きものである。往々にして、自身の置かれた環境や立場から物事を判断してしまいがちだ。その偏りを、いかにほぐせるか。それには、直言してくれる人を持てるかどうかである。

 普段から素直に耳を傾けていかなくては、その友は得られないことを肝に銘じている。