「温故創新」210522 N764 伊波喜一

吃音を 直すことより 生かすこと 楽に話せる 関係づくり          

 朝から湿度が高く、洗濯物が乾かない。これに暑さが加わると、なかなか厳しい。クールビズは自然の流れである。 

 人にはそれぞれ得意・不得意がある。慣れる場合もあるが、生得的な要因で苦手意識を持つことがある。

 コミュニケーションツールとして、音声言語ほど使われるものはない。文字言語に頼っているものの、音声言語は感情を直に伝えることができる。そうであるからこそ、吃音の困難さは想像に難くない。

 その吃音を完全に直そうとすると、かえってきつくなる。

 外国語で話すことを想像してみると、そのことが分かる。流暢に話そうと思っても、あっちにつかえこっちにつかえする。

 もしも間違えずに話そうと思ったら、最初から最後まで暗記して一気に話すしかなくなる。これでは会話のキャッチボールどころではなくなり、一方的な伝達に終わってしまう。 

 たとえこちらの外国語がたどたどしくても、聞き手が上手に言葉を返してくれると、会話は成立する。

 そのためには、こちらが言い終わるまで待ったり、言いたいことを汲み取って要約したりすればよい。

 ほんの少し待ってあげれば、会話は流れていく。相手が言葉に詰まっても、待てばよい。そういう大らかな気持ちで、互いを労わり合う社会が共生社会ではないかと思う。