「温故創新」230313 N1195伊波喜一

人ひとり 人生狂わす 冤罪の 自白調書の 闇に向かいて 

 せっかく咲いたサクランボが、昨夜からの風で散っている。南風が吹いていて、花びらが北側に飛んでいる。(そんなに散り急がなくてもよいものを)と、勿体なく思う。

 13日、東京高裁は袴田巌さんの裁判やり直しを命じた。検察の捜査段階に、捏造の要素が高いと判断したためである。袴田事件についてはこれまでも、提示された資料の信憑性をめぐって、疑義が呈されてきた。特に衣服についた血痕の痕をめぐり、検察側と弁護側で意見が対立してきた。

 争点は、味噌樽の中から見つかったとされる衣服の血痕である。検察側の証拠提出では、血痕が1年以上たっても赤みを留めていた。

 しかし実際に実験してみると、味噌の成分であるサポニンなどに浸されると、血痕は茶色に変色する。だから、赤みが残り続けるのはかえって不自然である。弁護団は種々の実験を重ね、この結論を導き出した。その結果、検察側の疑惑が反論された。

 それにしても、57年にもわたり無実を叫び続けてきた無念さは、いかばかりだっただろう。巌さんの家族も、筆舌に尽くしがたい苦しみと忍耐を余儀なくされた。

 検察による冤罪は、過去にも何度かあった。その結果、本人も周りも奈落の底に突き落としてしまった。人が人を裁くことほど難しい事はない。高い倫理規範と慎重な判断が求められのは、言うまでもない。