「温故創新」190918 N315 伊波喜一

子ども等の ロールモデルに 成らんとて 地道な一歩 誰知らぬとも

 たまたま、近所の壮年で雑談していた折りのこと。あおり運転が話題になった。身を守るためにドライブレコーダーをつけなくては、という話になった。同感。ここのところ、この手の話題に事欠かない。前方を走っている車の速度が遅く、自身の進行を妨げるからといって、前方車をエアガンで撃つことが許されるだろうか。常軌を逸しているとしか、言いようがない。 ロールモデルは人として身につけておきたい規範である。例えば礼儀や作法も含め、年端のいかない子どもや体の弱い人、手助けを必要としている人への手助けは、人種・信条・性別を問わない。自己抑制力はその中心にあり、欲望・欲求のままに突き進まないための、安全弁のようなものだ。この安全弁が外れた事件がオトナに多く、残念である。同時に大人として恥ずかしく思う。 今までは家庭や地域が一定の感化力を発揮してきた。学校も会社もその基盤の上に教育を進めてきた。これからはそれらに頼るだけでなく、一人一人がロールモデルを築き直す時が来ているように思う。自分(達)だけ良ければという考えを変えていくには、まだまだ時間がかかる。焦らず進んでいきたい。