「温故創新」190406 N267 伊波喜一

犬連れて 父としばしの 散歩道 風にハラリと 桜舞い散る

 朝夕はいくぶん冷えるが、日中の暖かさは初夏を思わせる。犬を連れ、父の散歩に出かけた。一橋大学構内は建物を正面にして左右に道が分かれている。緩やかな曲線の左側には桜が満開で、風に花びらが舞っている。この日この時しか見られない贅沢な一時である。思わず見とれてしまった。 が、父は興味がなかったようで、そそくさと右側の大きな松の木へと歩いていった。そこには一休みするのに手頃なベンチがあった。どうも、父のお目当てはそのベンチだったようだった。ゆったり腰掛けて、特に何かを見るというわけでもなくしばし座っている。微風に吹かれ、足元の草花を眺めながら「いい気持ちだ」と呟いていた。なるほど、こういう時の過ごし方を忘れていたかも知れない。 『ゾウの時間ネズミの時間』で本川達夫さんは「ネズミのようにエネルギーを多く使う動物の時間は早く過ぎ、ゾウのようにエネルギーを使わない動物の時間はゆっくり過ぎる」と言っている。今という刹那の一瞬に自身のエネルギーを注ぐことは、瞬間に永遠を宿すということに通じる。 目の前の今を心から楽しむことが出来る人は、人生の達人と言ってもよい。