「温故創新」210927 N892 伊波喜一

使い捨て 情報の価値 薄まりて 心に残る 言葉大事に         

 夜風が冷たい。布団にくるまると、体が温まる。読書すると立ちどころに寝入る。まるで、読書が眠り薬代わりになっているかのようだ。

 休日は午前2時頃に目が覚めると、1時間半ほど読書をする。程よく疲れたところで、また寝入る。急ぐ予定がなければ、ゆっくり起きればいい。

 たまっている切り抜きや読み飛ばしていた記事に、目を通す。読み返してみると、内容把握が足りなかったり、詳細を十分に捉えていなかったりしている。そこで、整理しながら読み直してみる。

  読みには3段階ある。通読、精読、味読である。忙しい現代は、情報を通読するので手一杯。スマホでダイジェスト版ニュースを読むなど、その典型である。

 この場合、情報の価値は即時性にある。だから、精読するまでには至らない。しかし、読書や芸術は味わってこそ、その面白さに気づく。経験値を増やすだけでなく、反芻しながら理解を深めていく。

 例えば、古典や宗教は一読して分かるものでもないし、ハウツーでその精神性に達するものでもない。自身が試行錯誤し、回り道をして分かる類のものだ。

 直ぐに手に入らないからこそ、人は言葉や思想と格闘する。不断に葛藤する中で、やがて自分なりに一つの理を掴む。

 味読の面白さと奥深さは、まさにそこにあるのではないだろうか。